5500年ほど昔、まだ記録を残すための文字が発明される前のこと、豊かな銅山の近くにあったハモウカルの街が最古の市街戦の舞台になった。ウルクの街から攻め込んできた軍勢が街を蹂躙し、通りを進軍しながらほとんどの住人の命を奪ったのだ。建物が密集した場所での戦闘はきわめて困難だが、中世に入ると市街戦を専門とする部隊が登場する。そうした歩兵部隊は、防壁に穴が開くとそこから街になだれ込み、白兵戦によって (狭い空間では騎兵や飛び道具は役立たない) 敵の抵抗を排除していった。この戦法は十字軍の遠征において、エルサレムやコンスタンティノープルでも用いられた。