陸地に対する艦砲射撃は、1347年にイングランドのエドワード3世がカレー包囲戦で船に射石砲を搭載したことにはじまる。以来、街や兵士を攻撃する方法として広く使われるようになる。艦隊の大砲を工場や港、倉庫、住居などの民間目標に向けることは一般に恥ずべき行いとみなされていたが、それも第一次世界大戦で変わった。1914年12月16日、ドイツ帝国海軍によってイギリスのスカーバラ、ハートルプール、ウィットビーに砲撃が加えられ、137人の犠牲者が出ると、大衆は激怒した (その怒りの一部は、攻撃を許したイギリス海軍へ向けられた)。そのイギリスも、ダーダネルス、サロニカ、そしてベルギーの沿岸部を砲撃した。第二次世界大戦では、民間目標への爆撃は空軍に委ねられ、艦砲は上陸作戦時にのみ用いられた。