娯楽は人が人であるために不可欠な要素だ。実際、1948年に国連総会で決議された世界人権宣言では、余暇は人間に不可欠なものと定められている。娯楽の形態は、多人数でするもの、1人でするもの、積極的なもの、受動的なもの、形式が決まっているもの、形式が自由なもの、健康的なもの、不健康なもの、個人的なもの、社会的なものなど、実にさまざまである。
初期の文明にはそれぞれ独自の娯楽があった。ゲームやスポーツという形での娯楽の多くは、戦争、狩猟、宗教儀礼などを模したものだった。プラトンらは、娯楽は安全な環境で物事を学習、探求、経験できる場であり、個人のみならず社会にとっても必要なものだとした。しかし中世になると、娯楽はほとんどの人の手が届かないものになってしまった。人々は懸命に働き、教会は娯楽の大半を禁じた
(とはいえ、娯楽に興じる者はいたが)。ルネサンス期もさほど状況は変わらなかったが、裕福な人々にはゲームや読書に費やせる時間があり、趣味として芸術をたしなむ人々もいた。
産業革命が起きると、余暇、ゲーム、娯楽が、再び人々の生活の中で確固たる地位を占めるようになった。1840年に3000時間だった年間労働時間は、現在では1800時間まで減少している。労働者と労働組合は、週間労働時間の短縮、有給休暇、週休二日制などさまざまな待遇改善を求め、実際に実現させてきた。それもこれもすべて、増えた収入と余暇を娯楽やゲームにあてるためである。