太陽神ヘリオスを模し、勝利を祝うために築かれたロードス島の巨神像は、約30メートルの高さがあったという。材料には、侵攻に失敗した敵が残した武器を溶かして得た真鍮と鉄が使われたとされている。建造はリンドスのカレスの指揮のもと、紀元前292年に開始され、紀元前280年には完成に至り、万人を驚嘆させた。古代史にはよくあることだが、その詳細はさだかではなく、マンドラキ港を見下ろすこの像は、15メートルの高さの大理石の台座の上に立っていたとも言われている。ただしこの像は完成からわずか56年後に、地震によって倒壊してしまう。エジプトのプトレマイオス3世は再建資金の提供を申し出たが、像の存在が神を怒らせたというデルポイの預言者の言葉を信じたロードスの民は、プトレマイオスの申し出を断った。像は神を怒らせたかもしれないが、それからおよそ900年の間、倒壊した像はこの島を訪れる者にとっていわば「観光スポット」でありつづけた。そして西暦653年、イスラム教のカリフであるムアーウィヤの軍勢がロードスを征服すると、像の残骸はすぐさま鉄くずとしてユダヤ人商人に売り払われたが、その運搬には900頭のラクダが必要だったとも言われている。鉄から生まれ、鉄に還る。かくしてロードス島の巨神像は、あとかたもなく消え去ったのである。