1412年1月ごろ、シャンパーニュの農民の家に生まれたジャンヌ――後にラ・ピュセル (乙女) と呼ばれる――は教育を受けておらず、字も読めなかったが、糸紡ぎや裁縫は非常に上手かった。そして、周囲を困惑させるほど敬虔な少女だった。13歳のころ、ジャンヌは自分に語りかける天使たち――大天使聖ミカエル、聖女マルガリタ、聖女カテリナなど――の声に気づく。その時、天使たちは、イングランド人をフランスから追い払い (1377年から始まった百年戦争はいまだつづいていた)、王太子 (後のシャルル7世) をランス (イングランド軍とその同盟国のブルゴーニュ公国軍に占領されていた) へ導き、真のフランス王として戴冠させよとジャンヌに告げたのである。
1428年5月、当時17歳の彼女は、ヴォークルールでフランス軍守衛官ロベール・ド・ボードリクールを説得し、シャルル王太子の仮王宮であるシノンに自分を連れて行くように頼んだ。王太子をも説得してみせたジャンヌは、オルレアンをイングランド軍の包囲から解放する派兵軍に同行する許しを受け、兵たちを鼓舞してその後の戦いに輝かしい勝利をもたらした。この勝利にも関わらずシャルルは戴冠を躊躇したが、ジャンヌに連れられてようやくランスへ赴き、1429年7月にフランスの王座に就いた。
翌春、フランス王シャルル7世の命を受けたジャンヌはコンピエーニュでブルゴーニュ公国軍と戦うが、戦闘の最中に落馬して捕らえられてしまう。そして数か月後、ブルゴーニュ公国は10000フランの身代金を手にし、イングランドはジャンヌを異端者として処刑し、フランスは新しい守護聖人の候補を得ることになった。